礼拝が物足りない感じが残る?

今日もいいことありました?



前回に引き続き、祝福家庭2014年春季号(72号)に掲載されている「礼拝に行きましょう」からの紹介。

「礼拝に臨む心構え」の続きです。
○霊的雰囲気を高める

 草創期、真のお父様ご自身が聖歌を指揮され、礼拝全体を司(かさど)られたといいます。そして「時々お父様は、ある歌を3、4回繰り返して歌われ、歌の意味と心情が結びつくことによって霊的雰囲気が高まることの大切さを私たちに教えてくださいました」(『伝統』)。

 聖歌や賛美歌は、神の国を望みつつ迫害や苦難を越えてきた聖徒たちの足跡ですから、歌詞の意味を味わいつつ真心込めて讃美しましょう。


○神への思いで心を満たす

 礼拝を捧げても、満たされない、物足りない感じが残ったりしてはいないでしょうか?

 礼拝に対する理解が十分でなかったり、誤った捉え方をしていたりすれば、神様の恵みをしっかりと受け止めることはできません。

 神様、真の父母様は礼拝を通して、私たちに、より大きな恵みを与え、希望を与え、喜びを与えたいと願っていらっしゃいます。私たちがその恩恵を受けたいと望むのであれば、礼拝に対して十分に理解し、正しい姿勢で臨まなければなりません。

 「どのような礼拝に参加するときも、教えに耳を傾け、生きた原理を見いだしなさい。そして、それを日々の生活で具体化しなさい」(『伝統』)とあります。み言を実感し、体恤(たいじゅつ)する生活をしましょう。

 世俗的な思いを心に悩ませながら礼拝に行くのではなく、神様への思いで心を満たして礼拝に臨みたいものです。天の前にへりくだった心を備えて、神様を礼拝するという心情で、日々、真剣に歩みましょう。

信仰生活を長くやっていると、礼拝のみ言に感動するときもあれば、悔い改めるときがったり、時には礼拝堂に足を踏み入れただけで涙を流すといったことも経験します。

逆に心情が落ちているときなど、礼拝を義務感で捧げたり、とりあえず教会に来ただけというときもあるかもしれません。

自分が今どんな心霊状態なのかは、毎週礼拝に参加し続けないと分からないのではないでしょうか。言い方を変えると、毎週日曜日に教会に足を運び続けることで、自分が神様と真の父母様との心情的な距離を測ることができるはずです。

「遠いな」と感じれば近づく努力をすればいいですし、逆に恵みを受けたならば、それに感謝し、さらに深い心情関係を結ぶ決意をすることができると私は考えます。

今回の紹介はこれで終了しますが、改めて礼拝に対する姿勢を正すことができました。記事を掲載してくださった家庭教育局のみなさまに感謝します。

このブログをご覧になったすべての人に幸福が訪れますように。祈

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